農業ブームは何故起きたのか

一時期世間を賑わせていた(?)農業ブーム。
元来、親の跡とりとして嫌々継いでいた農業経営に、
自ら進んで参加してやろうという若者が続々と現れていました。
新規就農者向けの書籍も数多く出版されました。

果たしてその実態とは?これまで曖昧に「農業ブーム」と呼ばれてきたそのムーブメントがなぜ起きたのかに焦点を当て、
少し落ち着いた今だからこそ、見直してみましょう。

農業ブームは何故起こった?

「就農」という単語で検索されたボリューム数 (Google トレンド)

 

上のグラフは、2004年~現在までの間で、特定のキーワードに関する検索数がどう推移しているかを示したものです。
「農業」の検索結果では、農業高校の入試情報だったり、農水省関連のニュースなどに影響されるため、
農業に興味を持ち、なおかつやってみよう、と考えた人が検索にかけるワードとして「就農」、「新規就農」を選びました。

スマートフォンの普及で、現在の方が全体検索数が上がっているはずなのですが、突出して皆の関心が高まった時期があることが一目で分かりますね。
2009年代だけが圧倒的に検索されており、その後2011年にかけて減退、以降現在まで、多少の上がり下がりはありつつもほぼ横ばいで推移しております。

一時期騒がれていた「農業ブーム」は、2009年に起こったと言っても強ち間違った推測とは言えないでしょう。
筆者は2009年(平成21年)を『農業ブーム元年』と位置付けます。

就農を煽るような内容の書籍も数多く出版されています。「農業で○○万円!」とか「農的くらし!」だとか謳っている類のものですが、
こういった出版物も、大凡2009年を境に次々と出版されています。

 

農業ブームについて言及する際に2008年のリーマンショックによる不況を理由に語られる事が多くあります。

確かにリーマンショック後の就職難と、就農への関心の高まりには相関関係が見られますし、
実際に“農業に逃げる”という選択をした人は多かったのではないでしょうか。

しかし一方、実際の新規就農に関するデータを見ていきましょう。

新規就農者数推移(農林水産省)

あれ?と思いませんか? 実は全体の新規就農者数をみると、言うほど2009年を境に就農者が増えていないのです。
勿論、総農業者数ではありません。新規就農者だけを算出してある数値です。

もっと近年に絞ってみると

確かに2009年(平成21年)に、若干の盛り返しは見られますが、どちらかというと今なお減り続けているという状況です。
しかも、農林水産省は
“これら新規就農者の約3割は生計が安定しないことから5年以内に離農しており、定着するのは1万人程度となっています。”
と明記しています。

民主党政権時に始まった戸別所得補償や青年就農給付金などの、個々の農家に直接支払いする類の助成金を利用してこの現状では、
とてもひとつのブームとは呼べないのではないでしょうか。

更に現在2017年度までの数値を見ても、5~6万人を行ったり来たり、新規参入者が若干増加傾向ですが、
とてもブームに乗じて新規参入者が爆発的に増えたとは言えないのが実情です。
勿論、地方によっては、独自の補助金や広報活動によってUターン就農などの新規就農プログラムを組んだり、ブームを実感している、という自治体もあります。

 

2009年以降の新規就農取り込みに成功している都道府県(各自治体ホームぺージより)

長野県

熊本県

島根県

ここまでを見ると、農業ブームとは局地的にしか存在していなかったのかと思われるかもしれませんが、そんな事はありません。
丁度2009年頃は、俄かに議論が始まったTPPの問題がありました。不況から来る就職難もありました。
予てからの課題であった就農人口の高齢化対策に、新規就農者へ最大約700万円支給するという前代未聞の助成金も実行されました。
健康志向が強まり、有機農業への関心が高まっていたのは’00年代からでしたが、様々な要因が重なって生じた現象も確かにあるのです。

農業ブームの本質的な実態を表すものは別の所にあります。
ただそれは、TV番組で取り上げられるような、雑誌に取材されるような、書籍で描かれるような「限界集落に単身乗り込む若い兄ちゃん」ではないのです。
その論拠は先にあげた、地方別の新規就農者数推移にあります。

長野県

熊本県

長野県と熊本県が出しているデータでは、新規就農者、特に新規参入の割合が増加していることが分かります。
我々が「農業ブーム」と聞いて思い浮かべる構図がここには多少みられます。

しかし、島根県のデータでは別の視点から、新規就農者増加の意味を見せてくれます。

島根県

どうでしょうか?
自営農業者(自分で農業経営をしている人)はそれほど変化がありませんが、雇用就農者(法人に雇われて農作業をしている人)が2009年から一気に増加しています。

2009年に何が起きたかを調べれば、その意味は自ずと理解する事ができます。

 

農地法改正

“第171回国会(2009年)で「改正」法案について審議され、2009年6月17日参議院本会議で可決成立した。同改正法は、「農地耕作者主義」をやめ、この改正は農地制度改正や改正農地法とも言われる。
食糧の自給率向上や環境保全などに重大な障害を持ち込むおそれを回避できる「効果的および効率的な農地の利用」を目指している。
戦後はじめて、農地の利用権(賃借権)を原則自由にした。農業生産法人や個人でなくとも、改正によりその他の会社やNPOの法人も「農地を適正に利用」との形をとると、そこに住んでいなくとも原則自由に農地を借りることができる。また、日本以外の外国資本を含めた農業生産法人が賃貸契約をすることができる。
主な改正点は、利用期間(賃借期間)を20年間から最長50年間へと変更、従来の農業従事者だけでなく農業生産法人やそれ以外の法人も借地を行う事ができる”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E5%9C%B0%E6%B3%95

つまり、農地法改正によって、農地取得の規制が大きく緩和されたのです。
これによって企業の農業参入が急激に進み、中小零細から大企業まで、農業参入を煽る文脈があらゆるメディアから見られるようになった訳です。

(Jacom 農業協同組合新聞)


(農林水産省HP)

また、2008年末に農水省が打ち出した食料自給率向上キャンペーン「フード・アクション・ニッポン」の影響がとても大きいようです。

2009年、このキャンペーンを推進するべく、大手資本の味の素と全農がパートナーにつくと
インターネット広告等の台頭で、得意分野だったテレビCMの構造変化に苦しんでいた大手広告代理店電通が、ここに大きな活路を見出しました。
これまでの農水省のキャンペーンではコメのPRなど単発止まりだったものが、数千社の企業を絡めた大々的なプロモーションにまで発展しました。
我々が見た農業ブームは、こういったキャンペーンであった訳です。
農林水産省のキャンペーンで味をしめた電通は、その後も環境省の「生物多様性」、東京都の「オリンピック招致」など、様々な公共プロモーション活動に絡んでいるようです。

 

まとめ

どうでしょうか?これまで曖昧に語られてきた「農業ブーム」というものの実態と、その裏に何が起こっていたのか見てきましたが、
どうやら、「農業ブーム」元年は2009年、そして確かに存在し、今なおその効果が続いている事は確かなようです。
キャンペーンを前後して、農地法の改正や、バラマキともとれるような補助金があった事で、その効果は存分に高まったと言えるでしょう。
ブームに乗じて参入した企業が今、一体どうなっているのかを調べると、また違った結論に至るのですが、それはブームとは別視点でとらえた方が適切だと筆者は考えます。
あくまで間口を広くとり、様々の新しい風を取り入れること自体は、それほど悪い事ではありません。例え参入者の99%が失敗しても、1%が、次世代を担うアイデアを創出してくれるかもしれません。
それまで長らく自民党・農協でガチガチに固められていた体制を、良くも悪くも一定程度離したことでおこった、一つの現象だったと思います。

 

つる@ノウカノタネ
農業ポッドキャスト番組「ノウカノタネ」のプロデューサー&パーソナリティ。
福岡市でナスやカブ等の野菜を生産しつつ、果樹園芸指導員としても勤務。
農閑期には農業ライターとして農家に身近な話題を提供している。

 

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こんにちは。新農研です。

今回は「ノウカノタネ」のツルさんにご寄稿頂きました!

ノウカノタネさんではポッドキャストを放送されています。

私もよく拝聴しておりますが、実際に農業に携わっている方の生の声を聞けて参考になります。

ぜひ皆さんもノウカノタネさんのポッドキャストをチェックしてみてください。

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